事例紹介

殺人被告事件で無罪判決(長野地方裁判所松本支部令和6年(わ)第89号)

令和6年6月に、松本市内で同居の父親を包丁で刺し殺害したとされる事件。被告人となったのは30代女性。判決では、女性は、統合失調症による幻覚に支配され、心神喪失の可能性が否定できないとして、無罪判決となった(検察官の求刑は懲役12年)。

検察官が起訴前に行った精神鑑定では、鑑定を行った精神科医は女性の精神状態に問題はなく、犯行は女性の意思で行ったと鑑定した。検察官は、その鑑定結果に依拠し、女性を起訴した。しかし、私は、女性の精神状態が正常ではなかった可能性を考え、起訴後に裁判員法50条に基づく鑑定請求を裁判所に申立てたところ採用された。その後、起訴後の鑑定を行った精神科医は、女性が統合失調症にかかっており、統合失調症による幻覚に抗えずに殺害行為に及んだと鑑定した。

起訴前に鑑定を行った精神科医(検察官が依拠する精神科医)と、起訴後の鑑定を行った精神科医(弁護人が依拠する精神科医)の2人の精神科医の意見は、大きく対立した。そのため、裁判では、どちらの精神科医の鑑定が信用できるかが実質的な争点となった。裁判では、2人の精神科医が証人として出廷し尋問を実施。弁護人は、弁護側が依拠している起訴後の鑑定を行った精神科医の主尋問により、起訴後の鑑定が信用できることを裁判員に説得的に伝えた。また、検察官が依拠する起訴前に鑑定を行った精神科医については、反対尋問によって、その信用性を弾劾した。

弁論では、女性が父親を殺害することは不合理であること、起訴後の鑑定の方(統合失調症であるという鑑定)が正しく、起訴前の鑑定(完全責任能力があるという鑑定)は信用できないことを裁判員に分かりやすく説得的に主張。不利な事実にも触れた。その結果、裁判官と裁判員は、女性が統合失調症であること、幻覚によって心神喪失でった可能性を否定できないとして無罪判決となった。